「森、道、市場 2018」愛知県蒲郡市 2018/5/11-12 感想Part2 音楽編

前回に引き続き、今度は音楽編。まず、見たアーティストはこんな感じでした。

 

●5/11

七尾旅人UA藤原さくらトクマルシューゴ

●5/12

Otto & Orabu→蓮沼執太フィル→小島ケイタニーラヴ TOWAI→青谷明日香→折坂悠太→ASIAN KUNG-FU GENERATIONORIGINAL LOVE

 

途中まで、途中からのものもあるけど、感想を書いていきます。

 

●5/11

七尾旅人

自分にとってもそうだし、イベントとしても最初のアクト。少し早めに行ったのだけど、リハで「セトリから外した曲なんだけど」と言いながら「サーカスナイト」をやってくれて、聴けてよかった。フェスは基本的に1人ででるけど、今回は瀬尾高志さんというウッドベース奏者との編成。

七尾旅人のライブ自体、ちょっと久しぶりに見た気がするのだけど、ここ数年で作ったらしい曲を多く演奏していて、知らない曲が多かった。でもそれぞれに物語性があって、強く引き込まれた。親しい人が海で亡くなったことを歌った「Leaving Heaven」、今の戦争に駆り出される兵士の多くが未成年であるを歌った「少年兵ギラン」、アフリカの友人ナジャの歌、高江のことを歌った「青い魚」。どれも歌っているテーマが具体的で、個人的なエピソードと社会的なことがらを横断しながらつなげている。どれも悲惨な状況にある誰かの、その尊さを想起させるような歌ばかりだ。

そしてそれらを束ねるように歌われた「君は美しい」は、ポップネスを爆発させながらも迎合しない強さのある歌で、短編集のエンディングのように響いた。MCで話していた新しいアルバム(3枚組と言っていた)にはこれらの曲も入るみたいで、楽しみ。過去最高の作品になるんじゃないかという予感がしている。でも、同時にただ手放しで褒めるだけではなく、自分自身の政治性を問われるような、そういう作品になるだろう。それはいつもそうかもしれないけど。

「君は美しい」でライブは終わるのかと思いきや、聴こえてきたのは「Rollin’ Rollin’」のあのレコードが回転するようなイントロ。フェスではけっこう演奏しているみたいだから、お約束的な感じなのかな、とも思ったけど、それまでの「誰か」について歌っていた流れから考えると「ここにいる人たち」への歌だと解釈することもできるのかもしれない。

あと、この日も小さな子どもが絶叫したのを受けてセッションみたいにしたり、「旅人でらかわいい〜!」というローカルな声援を拾ったりしていて、七尾旅人のステージならではの客席とのやりとりも健在。だけど決して馴れ合いにはならず、適度な緊張感があって、この不思議なゆるい一体感は心地いいなといつも思う。

 

UA

右上半身と左下半身が蛍光色の黄色、左上半身と右下半身が銀色に色分けされたボディスーツのような服装で登場。その服装だけでかなりエキセントリックなオーラが出ている。数年前にフジロックで見たときも「やりたい放題」という言葉が頭をよぎる佇まいだったけど、カナダに移住して一体何があったんだ。でも遠目から見てもすらっとしていて姿勢が良くて、黒髪がきれいだったので、よくわからないけど健康的でオーガニックな日々を営んでいるらしいことは伝わってきた。

「ういろう食べたい!ウィローウィロー」と言いながら正拳突きをはじめたり、書き始めるとネタにしかならないのだけど、変人ぶってるわけではなくて本当に思いついたことをただ言っているだけという感じで、まったく意味がわからないのに不思議とピースな気分になれる。「のびのびやってこー!」みたいな感じでしょうか。もう、好きなように生きるっていうことへの吹っ切れ度合いが尋常じゃなくて、東京レインボープライドに出てLGBTに一切言及しないままライブを展開してもなんとなくみんな納得してしまうんじゃないかとか思った。

だけど音楽はやっぱり魔法のように良くて、特に後半の「スカートの砂」「甘い運命」はとろけるようだった。高校〜大学生くらいの時にUAはよく聴いていたのだけど、甘酸っぱい歌詞は大人になった今聴くと余計にぐっとくる。ラストが「電話をするよ」で、「内緒だよ 秘密だよ 少しだけ 僕は狂っているよ」のところでちょっと泣いてしまったりした。

 

 

藤原さくら

はじめて遊園地ゾーンに足を踏み入れた。案内があまり出ていなくて迷いつつ、神戸ルミナリエみたいなイルミネーションが輝く道を歩いていたら、遠くからかすかに藤原さくらの声が聴こえてきた。

ジプシーを思わせるホロ布でできたステージ付近はもうすでにたくさんの人がいて、少し離れた場所にある柵に腰掛ける。そばにいたビール売りのトラックの発電機がずっとガタガタうるさかったのだけど、その感じも含めて美しかったな。そういうノイズとか、唐突なイルミネーションとか、情報量が多くて、音楽だけじゃなくてこの時間を全身で感じている、と思った。めまぐるしいのに穏やかで、自分だけが些細なことに興奮しているような。そんな中で藤原さくらの牧歌的な歌声を聴いていると、勢いで家出しちゃったアメリカのティーンみたいな気分になりました…。映画のワンシーンのようだった。

 

トクマルシューゴ

金曜最後はトクマルシューゴ。一緒に行っていた恋人がすごく好きで、それで見たのだけど、自分としては「夢の中にある無印良品でかかってるBGM」みたいな印象しかなかった。だけどライブで実際に曲を聴いてみるとダイナミックで、しっかりバンドサウンドとして軸がある上で遊びの音を取り入れていて、楽しいステージになっていた。音自体は音源とはまったく毛色が違うのだけど、ドラムのちょっとオーバーなニュアンスとか、一種の過剰さはライブでも音源でも一貫していて、音楽性の芯が見えた気がしたなあ。

それと、なんとなくステージ上で鳴る音の一つ一つにまでこだわるようなタイプなのかなと思っていたら、MCではしっかりと楽しませようとしていたのが意外だった。ただ、どのエピソードも事前にしっかり考えてきたんだろうなあ、という雰囲気で、その真面目さがにじみ出ていておかしかった。なんとなく、森道は他のフェスよりアーティストの人柄に目がいく作りになってる気がする。

 

●5/12

■Otto & Orabu

鹿児島にある知的障害者支援センター「しょうぶ学園」の人々で結成されたボイス&パーカッショングループ。存在を知ったのはずいぶん前だけど、大所帯だし、障害がある人も多いから移動は大変だし、なかなかライブを聴ける機会は少ない。

決して大きくはないステージ上に、30人は超えていそうな人が並び、福森伸さんの指揮のもと思い切り声をあげ、打楽器を叩き鳴らす。ものすごい迫力だけど、無垢でもある。根源的で力強いけれど、カオスにはならない。それはのびのびと音を出すことが得意な障害者の方々だけでなく、福森さんをはじめ、バランスをとったり、流れを整えたりすることが得意なスタッフの方々が一緒に音を奏でているからだ。その融合はしょうぶ学園そのもののように思えるし、中庸的で、「障害者アート」のような枠にとらわれない対話のあるプロジェクトだと思う。会場も高揚していた。見られてよかった。

 

■蓮沼執太フィル

Otto & Orabuに後ろ髪を引かれつつ、ビーチのほうへ移動し蓮沼執太フィル。前の方へ移動する時「YES」が聴こえてきた。「YES」は環ROYの曲だけど、蓮沼執太がプロデュースしている。原曲の都市的なエレクトロニカアレンジもいいけど、フィルの骨太なバージョンも良い。今のところライブでしか聴けないから、聴けてよかった。それから「めでたい」(これも環ROYの曲)、「ONEMAN」などに体を揺らしていると、フィルから重大発表が。事前に蓮沼執太がツイッターで「発表があります!」とつぶやいていたから、Otto & Orabuを途中で切り上げたのだ。発表の内容は2ndアルバム&ライブのお知らせ。とても嬉しい。メンバーがそれぞれ文字の書かれたボードを掲げて発表するスタイルで、それがステージにすごく映えてよかったのだけど、写真を撮り損ねてしまった。「YES」入るといいなあ。

それから、アルバムからの曲といって「Meeting Place」、そして「Hello Everything」でラスト。いつ見ても変わらず、美しい風景を見たような、冷たい水を飲んだような気分にさせてくれる気持ちいいライブ。

 

■小島ケイタニーラヴ TOWAI〜青谷明日香〜折坂悠太

海辺ということもありけっこう日差しがきつくて、日中はずっとこのChillout Stageにいた。まずは恋人とご飯を買って、カレーを食べながら小島ケイタニーラヴとTOWAI。それから大阪に住んでいる友人と合流し、最近どう、みたいな話とか、昨日のUAのMCがおかしかったことなどを話し、青谷明日香。まったく知らなかったのだけど、財布の中に40円しかないって歌で「40円!」ってコールさせたり、キョンシーの歌でキョンシーダンスを踊らせたりととてもキャッチーで、とても和やかなステージだった。セトリもこの場で組んでいて、もともとはしっとりした格好良い雰囲気にしようと思っていたけどお客さんのノリがいいのでみんなが参加できる曲ばかりに変えたと言っていた。こういうところもすごく良いなあ。歌を歌うことだけじゃなくて、場を作ることを率先して考えている感じで。そんな中でも「異端児の城」はぐっときた。かまぼこ板しか興味がない男の子の話。かまぼこ板というところに青谷さんのセンスや、人のおかしみを肯定するような視点がしっかり宿っている。自分も本当に興味があるもの以外は興味がないと、こんな風に軽やかに言いたいし、バカにされた時にきちんと悔しがって、もっと自分の道にのめりこむような、そんな情熱を絶やさないようにしたい。

恋人も離れたところで聴いていたそう。森道が終わってからも、二人で家で口ずさんでいるのは青谷明日香の曲だ。もう、大好きになってしまった。

 

それからまた恋人と合流。テントの下で二人して横になって休んで、折坂悠太を待つ。折坂さん、背筋がすっと伸びた凛とした雰囲気に白い麻の開襟シャツがとてもよく似合っていた。両胸に黄色と薄むらさきで、花か木のような刺繍が施されているシャツで、きれいなシャツだなあ、どこのブランドなんだろう、と思いながら見ていた。顔だけを見ているとちょっと松田龍平のような、クールな印象なのだけど、はじまる前に知り合いを客席に発見した時に顔がにかっと崩れて、その少年っぽさがとても魅力的だった。

トクマルシューゴの時も書いたけど、「森、道、市場」はアーティストとの距離感がとても近い。中でもこのチルアウトステージは特にそうで、アーティストとオーディエンスが向かい合っているというより、同じ時間を共有している、空間をともに作っているという雰囲気で、パーソナルな部分がぐっとよく見える。それって音楽が何よりも上位にある「音楽フェス」ではなかなか起こりえないと思うし、あらためてこのイベントが稀有なものだと認識させられた。

 

ASIAN KUNG-FU GENERATION

 

アジカンって森道にいる人の現在の音楽嗜好からは少し外れている気がするのだけど、「リライト」ではみんな拳を突き上げて、思い思いに口ずさんでいた。それを見て、この会場にいる人たちの若い頃を間接的に知ったというか、ここにたどり着くまでの片鱗を見た気がした。それは、ロッキンやフジロックで堂々と鳴らされるのとはまた違う、重層的な響き方だ。

「久しぶりに聴いたけど、ゴッチの声も丸くなったね」という声が後ろから聞こえた。アジカン=青春≒過去、という図式はよくないし、そういう意味ではないのだけど、やっぱり彼らの曲が若者の心を震わせたっていうのは事実で、時を経てもその時のことを鮮やかに思い出させるような曲は貴重だと思う。ゴッチも「俺だってこんな海辺で”消してー!”とか言うの合わないと思うけど、でもみんな喜んでくれてうれしいよ」というふうに言っていた。実際、この場で「消してリライトして」という気分になっていた人はいなくて、みんなどこかでこの曲とともにあった時代のことを思い返していただろう。メッセージ性を超えた違う回路で、時を経てまた出会っている。印象的だった。最後は『ソルファ』から「海岸通り」。なんていうか、みんな海の曲をやるよね。「森、道、市場」なのに。まあ実際海があるからだし、別にいいのですが。

 

ORIGINAL LOVE

今回のフェスの個人的なトリ。田島貴男の盛り上げ方も暑苦しいほどに熱くホットなステージで、華やかなブラスとリズムに思わず踊ってしまう。帰りの時間があったので、途中までしか見られなかったけど、中日のメインステージのトリにふさわしい、残っているエネルギーをみんな出し尽くすようなパフォーマンスだった。自分は3,4曲やったあたりで会場を離れて、バス乗り場へ向かう途中の道で「接吻」が聴こえてきた。音を全身に浴びながら踊ることはできなかったけれど、雑音にまぎれて、風向きによってはっきり聴こえたり聴こえなかったりするその音に耳を澄ましながら、一緒に口ずさみ、疲労を心地よく感じていた。

 

 

来年は「市場編」も書けるといいな〜。