もうここにいない人

去年の4月は父親がいつ死んでもおかしくないような病状で、気が休まらない日々を過ごしていた。季節がめぐったら思い出すだろうかと考えていたけど、毎日を慌ただしく過ごしていて、あんまり思い出すことはなかった。今年は暑くて、肌感覚が違っていたせいもあるのかもしれない。

その父はゴールデンウィークに逝った。だからこれでちょうど一年が経ったことになる。命日はみんなの都合があわず、数日遅れてお墓参りへ行った。一周忌って普通は何か式をやったりするのかもしれないけど、父がそういうのを嫌っていたこと、母親がお寺の住職に不信感を抱いていることなどから墓参りだけになった。雲一つないような晴天の日で、葬式の日もこんなだったなあと思う。骨壺を抱えて、助手席から見た青い空と沿道の鮮やかなつつじを覚えている。喪服が日光を吸って暑かったことも。

身内が死ぬことを、これまでに何度か経験しているけれど、正直いまだによくわからない。学生時代に祖母が亡くなった時は、そんなにお婆ちゃん子じゃなかったせいかな、と思っていたけど、父親が死んでもそんなに強く感情が動かされなかった。弱っていた最後を見ていたから、人はいつか死ぬ、ということには揺さぶられたし、不安やショックはあったけど、父の死そのものについてはよくわからない。父親には、それなりに色々と感情があったはずなのに。

昔は酔って家族にひどいことをたくさんしていたし、母親からも愚痴を聞かされて育ったから良い印象はなかったけど、それは彼のごく一部にしか過ぎなくて、人を疑ったような発言の裏には純粋さがあったことも大きくなるにつれ知った。姉妹が母親に絶縁を突きつけたとき、母親をそばで支えていたのも父だった。経営していた個人塾で、お金のない家庭の兄弟を1人ぶんの月謝で教えていたことも、塾をたたんだ後にかかってきた保護者からの電話で知った。

自分なりの方法で、好きになっていきたかったと思う。色々と知りたかったと思う。でも、遅かった。これから好きになりたかった人がいなくなるのは、好きな人がいなくなることとは違って、あまり寂しくない。

 

墓石に水をかけ、ぞうきんで磨く。姉たちは雑草を抜き、新しい花を供える。まだらに乾いた墓石の前で線香をあげて、立ち上る煙を見ながらごく自然に来てよかった、と考えている自分がいて、意外に思った。

 

翌日は恋人と母親をはじめて会わせる予定があった。家を出る前に仏壇で手を合わせて、父が姉たちの旦那や恋人にはじめて会った後は、甲斐性がないとか信用できないとか、いつも何か愚痴を言っていたことを思い出す。もし自分の恋人に会ったら、どんな愚痴を言っただろう。そう考えたら、少し泣けた。父がいないことが寂しくて泣くのは、多分はじめてだった。

 

いなくなってからも、関係は続く。この先も寂しいと思ったり、何とも思わないことにうっすら傷ついたりしながら暮らしていくのだろう。それは報われることのない気持ちだけど、その感覚に蓋をしたり、逆に固執したりせずに、自然でいたいと思う。もうここにいない人との対話は、自分に正直でいないと成り立たないものだから。