よく見える日々

昼食を食べて部屋に戻ってきたら、隣のマンションの屋上にある室外機の羽がゆっくりと回転しているのが見えて、それがどんよりとした空模様とよく似合って綺麗だと思った。ここ数日、こういう日常のほんの瑣末な風景に見とれることが増えた。といってもなんてことはなくて、単にコンタクトレンズの度数を上げたのである。

コンタクトの度数はもうずいぶん前から変えていなかった。ネットの通販なら処方箋をもらわなくても買えるから眼科に行くこともないし、会社で健康診断をやってくれないので視力を測る機会もない。そもそも困るほど見えないわけではなかった。でも、最近少し遠くの文字が読みにくいことがあるし、毎日パソコンに向かいっぱなしで仕事をしているのだから目が悪くなってもおかしくない。それで、ちょうどコンタクトレンズがなくなるタイミングで眼科へ行って、ちゃんと処方箋を書いてもらった。

まず、古いコンタクトで視力を測定する。その時点で「1.0ありますね」と言われ、(えっ、全然悪くないじゃん、作り直すのやめようかな)と思ったのだけど、こちらが何か言うより早く「まあでも見えにくいと行って来られてるし、上げていきましょう(視力を)!」と言われ、なすがままサイボーグみたいな眼鏡にレンズをはめたり外したりされながら「右」とか「下」とか答えていた。最終的に、レンズの度数は両目とも1.25ずつ上げられることに。0.25刻みなので、5段階も上げられたことになる。眼科にかかる前でもまあ2段階上がるくらいかな、と思っていたのに。そもそも視力が1.0あったのにそんなにジャンプアップしていいのか。半信半疑だったけど、とりあえず新しく用意されたコンタクトを装着したらめっちゃ見える。ついさっきよりも世界の輪郭がシャープになった感じだ。今の視力がいくつあるのかはわからないのだけど、木の枝についている若葉の数を数えられるくらいとにかくはっきり見える。そして、色んな細かいものがよく見えるのって発見がいろいろあって楽しい。同じ道を歩いているのに、違う景色を見ているみたいに新鮮な気持ちになれる。あと、見ているものが全然きれいなものじゃなくてもなぜか感動してしまう。すれ違った女性のアホ毛の細さとか、電光掲示板に映る文字の尖り具合とか。これは何なんだろう? 映像や写真でも、何でもないものでも超高画質で撮ると妙に綺麗に感じて感動することがあるけど、それに近いのだろうか。でも、そもそもどうして高画質だと感動するのか、というところはよくわからない。ネットでも調べてみたけどそれらしい答えにたどり着くことはできなかった。すごく気になる。

 

しかし人の目は生まれた瞬間から刻々と劣化し続けているというので、このよく見える日々もそう遠くないうちに終わるのだろう。あるいは、慣れてしまって感動しなくなるか。そうなる前に色々なものを見ておこう。そして次もっと視力が落ちたらまた度数を上げれば、再びよく見える日々を迎えられるのだ。そう考えると、目が劣化していくのもあながち悪くないかもしれない。