今週は仕事が暇だなーと思っていたのだけど、よく考えたら前倒しで作業する必要が発生したから今やるはずだった仕事を週末にこなしていただけだった。でも急ぎじゃない仕事も現時点ではそんなになく、ちょっと気が緩んでいる。

家だとだらだらしてしまうので、原稿を書くために高円寺のミスタードーナツに来た。カフェオレがおかわりできるし、そんなに混まないので長居しやすくて好きだったのだが、今月で閉店してしまうらしくとても悲しい。40年、この場所で営業を続けていたらしい。自転車で5分走れば中野のミスドで同じ味が食べられるけど、なんていうかそういうことではない。思い出や街の中にある景色は、チェーン店だからといって軽視できないんだよなあとあらためて思う。個人店が潰れ、チェーン店が立ち並ぶ商店街を見て「どの街も同じでつまらなくなった」と言う意見を時々見るし、自分でも思ってしまうことがあるけど、それはあなたが、私が、生活をしていないからだ。暮らせば暮らすほど、同じ味や似たような内装であることを、私的な時間が固有のものに作り変えていく。さみしいなあ。

 

*

www.youtube.com

ミスドへの道すがら、りゅうちぇるのRYUCHELL名義のデビュー曲「Hands up!! If you're Awesome」を聴く。シンセのきらきらした音色に「Tommy february6みたいだな〜(つまりは80年代のハイスクール・ポップぽくて、キュートで、ちょっと過剰)」と思い、りゅうちぇるのフレッシュな歌声に「昔の藤井隆みたいだな〜」と元気をもらったのだけど、作曲がケンモチヒデフミでMVがファンタジスタ歌麿なんですね。豪華。思いっきり80〜90年代をオマージュした映像だけど(曲やジャケもそうだけど)、リリースのコメントを読んでいたらりゅうちぇるがもともとこの時代のポップスに並々ならぬ思い入れがあるらしい。てことは今後もこの路線なのか。でもりゅうちぇるの性の越境性ってプリンスに通じるところがあって、本人のTwitterのアカウント名も"Prince Ryuchell"になってるし、アー写もパープルだし、強く意識しているところなんだろう。プリンス的な越境性と、マイケルやマドンナみたいな、存在するだけで輝いているみたいな圧倒的な明るさを併せ持った路線という感じ。曲の中に「ここからこれから普通を変えよう」って歌詞があるけど、りゅうちぇるはまさしくこのメッセージを今一番明るく、前向きに伝えられる人だよなあ。ライブとかやるなら行ってみたいかも。サマソニとかこないかな〜。

そしてこれを見ていたらなんか懐かしくなってしまって、天才テレビくんの歌を見漁ってしまう。僕の音楽の原体験は天てれの洋楽カヴァーシリーズなのだ。「恋のギルティー」とか「ママミア」、「カーマはきまぐれ」とかね。あと、曲名がわからなくてつい最近まで聴けなかったけど「yakinic go go」という焼肉の歌も印象に残っている。調べる中でCDがあることを知った。買いそう……。

 


恋のギルティー

 


YAKINIC GOGO

 

そしてTwitterを見たら「ポンキッキーズ」のスチャダラパーのOP動画がRTでまわってきた。タイミングがよすぎて泣きそう。そしてその動画のサムネイルを見て、2017年リリースのLil Yachty『Teenage Emotions』のジャケを思い出した。

 

f:id:sakintori:20180214172322j:plain

f:id:sakintori:20180214172328j:plain

キスをするゲイたち、太った女の子、緑色のトサカを持つ女の子、黒人、白人、アジア人。いろんな人がいて、みんな笑っている。ポンキッキーズのOPは、なんか人間じゃないのがたくさんいて、みんな笑っている。人間じゃないっていってもキャラクターじゃん、と思われるかもしれないが、自分とは違う存在がいても楽しく、一緒に生きていけることを視覚的に訴えるパワーがあると感じた。

「恋のギルティー」の3人においても、みんな人種がばらばらだけどそれぞれのかわいらしさがあるし、そしてそこに序列がない。Lil Yachtyのジャケットの多様性は話題になったし、多様性って今すごくビビッドなテーマだけど、90年代の子ども向け教育番組にもこんな風なフラットなものがあったんだな、と思った。それと同時に、思いの外平和だったその姿を見て、マイノリティーの権利って進歩を続けるばかりじゃなくて後退も全然ありえるんだな、と感じてしまった。LGBTの権利とかを追ってると年々着実に理解が進んでいるんだけど、そういう人類の賢さって、自分と異なる者に排他的な態度をとるかどうかとはまたちょっとベクトルが違ってて、それは移民とか、テロの脅威とか、経済とか、国際的な緊張関係に依ってしまうんだよなあ。