松岡茉優主演『勝手にふるえてろ』感想


松岡茉優が歌う!泣く!叫ぶ!映画『勝手にふるえてろ』予告映像

松岡茉優さんの演技をすべて見ているわけではないのだけど、印象に残っているものを聞かれたらドラマ「問題のあるレストラン」の雨木千佳役、そして映画『ちはやふる』の若宮詩暢を挙げる。雨木千佳は複雑な家庭環境で育った人間嫌いの、しかし抜群の腕前を持つ料理人で、若宮詩暢は史上最年少でかるたクイーンになった孤高の天才。それぞれニュアンスは異なるけれど、一言で言うと「コミュニケーションに難がある天才」だ。鬱屈して見えるが内側にはマグマのように人間くさい感情が滾っていて、松岡茉優はそれを若干引くくらいに緩急をつけた演技で表現してみせる。

松岡茉優が演じた2つのキャラクターは視聴者の多くに強烈なインパクトを与えたけれど、彼女たちは物語の主役にはならなかった。それは、彼女たちに能力があったからだと思う。現代においては「持つ者の苦悩」よりも「持たざる者の苦悩」のほうが共感を呼ぶからだ。

その松岡茉優が初主演映画『勝手にふるえてろ』で演じたのは「コミュニケーションに難がある凡人」だった。人間としてのあり方から逸脱すればするほど聖性が高められた天才と違って、凡人は逸脱するほど本当にただの救いようのない人になっていく。しかし松岡茉優はこれまでと同じ勢いで逸脱を続ける。怯まない。だからこそ、彼女は主役として圧倒的な求心力を獲得している。

 

松岡茉優演じるヨシカはごく普通のOLで、中学の時から10年間、初恋の人「イチ」に思いを寄せ続けている。最近同じ会社で働く「二」から告白されたが、イチがいるので気乗りせず、冷たくあしらっている。しかし実際にイチと会話をした経験があるわけではなく、完全な片思い。見ていることを気づかれないようにするため、視野の端に意識を集中させて見る「視野見」という技を編み出したり、数少ない二人の交流の場面を頭の中で何度も再生したりしている。そしてそんな自分の恋愛を「本能のおもむくまま行動する奴らとは違う」と言って正当化している。そんな彼女がある事件をきっかけに、現在の「イチ」を一目見るため別のクラスメイトの名を騙り、同窓会を企画する。それをきっかけに彼女はイチと接近するのだが、イチが自分の名前を知らないことに気づいて愕然とする。

イチはヨシカのことを覚えていてくれたんだから、名前なんか今から覚えてもらえばいいじゃん、と一瞬思ってしまったのだが、この作品において名前は非常に象徴的なものだ。ずっと思いを寄せる中学の同級生の名前はイチだし、会社でヨシカに猛烈にアタックしてくる男のあだ名は「二」だ。ヨシカのアパートの隣人でずっと下手なオカリナを吹いている女性は「岡 里奈」さんで、それを知ったヨシカに「名前に縛られる人生ってあると思いませんか」とつぶやく。だからその名前を覚えてもらっていないことは、存在していないに等しい。

 

イチに名前を知られていないことに気づいた帰り道、映画の前半でカフェで働く人形のような店員さんや、いつも公園で釣りをしているおじさん、バスで隣に座る編み物をしているおばさんなどと交わされた会話がすべてヨシカの妄想だったことが明かされるシーンは、狂気を秘めながらも限りなく切ない。他人への興味はあるのに、人とつながる恐怖が道をふさいでしまう。そこからしばらく現実なのか妄想なのか、どっちか混乱してしまうシーンが続く中、ヨシカは「二」との距離を縮めていく。

ふたりが卓球をするシーンがぐっときた。ヨシカが返せないようなスマッシュを笑顔で打ってくる二を見て、ちょっと泣きそうになってしまった。世の中にはスマッシュを打ったことも、打たれたこともなくて、やる気なくラリーを続けるだけしか知らない人がいる。そうしているうちに退屈してしまって、次第にゲームから降りてしまう。そしてそんなつまらない自分に対して自信をなくしたり、世界を恨んだりするようになる。もちろん、卓球の話ではない。人間関係のことだ。ヨシカは怯えながらも、そこではじめてこのゲームの楽しさを見出す。

後半、行き違いによってヨシカは傷つき、それによって同僚の友人や二を自分勝手に傷つけた末に会社を休むのだけど、部屋にこもりながらヨシカは二から連絡が来ないか、スマホが震えるたびに飛び上がって確認する。しかしいつまで経っても連絡はない。

そこでヨシカは、このゲームに参加できない悔しさを知る。それは、これまで大好きな相手に思いを伝えず、視野見なんかして興味ないふりを続けたり、SNSで感情を吐露してもそれは自分の名前のアカウントじゃないから本心なのにどこか他人事だったり、そんな風に傍観者であり続けたヨシカが、ついにゲームに引きずり出された瞬間だ。豪雨の中呼び出された二と向きあうヨシカ。打ち付ける雨音に、ピンポン球が激しく応酬する音が重なる。ヨシカがスマッシュを打つ。「霧島くん」と、二を本当の名前で呼ぶ。

 

このブログで僕が何度か書いている「人生に参加する」というテーマに近くて、かなり感情移入しながら見てしまった。こういう風に感じている人って、やっぱり多いのかもしれない。それを演じきった松岡茉優さんは本当にすごいし、この映画の上映館数が増えているというのも頷ける。もっと広く届けられてほしい作品だ。

 

そして二を演じた渡辺大知の笑顔の尊さよ。太陽みたいだ。現実にあんな奴いたら自分も多分、相手にしないと思うけど、ああいうクソウザい奴がかちかちに硬くなった自意識の殻をあっけなく砕いてくれるのも事実なんだよな…