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バイオリズムと挑戦 草間彌生「わが永遠の魂」国立新美術館

日曜の夕方、国立新美術館草間彌生わが永遠の魂」展へ行った。連休最終日の夕方という、人の少なそうな時間帯を狙って行ったところ、やはり空いていた。今日たまたま国立新美術館の前を通りがかったらチケット売り場には傘をさした人の行列ができていて、あの読みは正解だったと思う。しかし普通の平日でもチケット売り場、会場入り口ともに並ばないと入れないのだから、あらためてその人気の高さがうかがいしれる。

 

展示のメインとなるのは2009年より草間が取り組み続けている連作「わが永遠の魂」。これまでに500点以上描かれた中から、132点を展示している。アクリリックという濃度の高い絵の具を使用した、1.6〜1.9m四方のキャンバスに描かれた作品で、これらが大部屋の壁を埋め尽くすように配置されている(中央には水玉をまとった花のオブジェもあり)。圧倒的な色彩に目を奪われながら順に見ていくと、キャンバスの縁取りや色使いにいくつかのタイプがあることに気づく。作品にはそれぞれタイトルとナンバリング、制作年が書かれていて、ナンバリングはわりとばらばらだったのだけどこの配置はどういう意図があるんだろう。ただ、同じタイプのものは制作年が同じであることが多く、月日まで書かれていたわけではないから確証はないがおそらく同時期に制作されていると思われる。同じモチーフが変奏されながら描かれるのをこうして俯瞰して眺めるのは、草間のバイオリズムが可視化されているようでもある。一つ一つの作品以上に、こうして並べた時に立ち上がる軌跡に意味がある気がしてしまう。

冒頭の挨拶でも、草間は自身の命が永遠ではないと悟ったようなことを書いている。人生や人間愛を賛美してきた草間らしい、魂を賭した作品群であると感じた。

 

大部屋以外では彼女のこれまでの活動を故郷・松本での作品から、世界的な評価を得たニューヨーク時代、精神を病み東京に戻ってきてからの作品など、年代ごとにわけて展示する。どれもエキセントリックでありながら、時代の潮流を常に読んでいた人なんだな、という印象も受ける。執拗なまでに網目を描いた「ネット・ペインティング」は、その反復性からポップアートミニマリズムの先駆とする見方もあるし、映像作品はヒッピー・ムーブメントだ。今となっては当たり前になった商業製品とアーティストのコラボもいち早く着手しているし、近年の作品も、草間の手法はアクリリックによるものだけど、その彩色の鮮烈さと没入感は昨今のデジタルアートとの相似性を感じる。

 

少し残念だったのは、個人的に草間彌生をちゃんと知るきっかけになった80年代後期〜90年代ごろの作品が少なかったこと。この時代は初期と現在の転換期にあって、色彩はビビッドなのに全体の印象は薄暗く、生と死、あるいは愛と憎しみが一番隣り合っているように感じられる。それを知ったのは中野にあるカフェmugsに飾られていた版画だった。昔つきあっていた恋人がその作品と僕の写真を撮ってインスタにアップしてくれていたのだが、別れた後ブロックされたので見ることはできない。久しぶりに行ってみようかな。