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YUKI『まばたき』

仕事から帰宅後、環七沿いをランニング。嵐のような雨風が吹いていた昼間とは一転、風はなく、大きな月が出ていた。雨上がりの東京はアスファルトが街路灯を反射して暗いのに眩しく、今日は濡れた桜の花びらがそれを彩っている。

走っている間、先月出たYUKIの『まばたき』を聴いていた。このアルバムには過去のYUKIと現在のYUKIが交錯する部分がたくさんあって、季節が一巡したことを誰もが思う春の時期にとてもよく似合う。転がっていくような性急なリズムの1曲目「暴れたがっている」の「あがいてたら 振り出しに戻ってた」という歌い出しはとても象徴的だ。廻り出すバイナルに針を落とせば、あの頃と変わらない熱情があふれる。ぐるぐると回転するそれはやがて嵐となって、2曲目「さよならバイスタンダー」へと突入する。傍観者をやめ当事者であろうとする、自分自身への高らかな宣言だ。ここで生まれた強い意志は、ほどけたりうねったりしながら、春風のように『まばたき』の風景を運んでいく。上京した頃と今がつながり、歩いてきた足取りが道標になることをローファイなビートの中で歌う「こんにちはニューワールド」、彼女の原点を思わせるギターサウンドとまっすぐなメロディを鳴らす「無敵」や「名もない小さな花」。歌詞の中に翳りが感じられる歌もあるけれど、それを聴く人それぞれが持っているかなしさの呼び水にして、顔を出したところで「大丈夫」と言うような、そんな輝き方をしている。

その光と影は、生きる喜びと絶望が競り合いながら疾走する「私は誰だ」でピークに達する。ここで歌われる底の見えない無力感は4thアルバム『WAVE』収録の「ふがいないや」を思わせるが、あの曲が意識的に否定を原動力に進もうとしていたのに対して、「私は誰だ」では考えるより先に体が動き出している感じがある。よりギリギリのところに存在している気もするし、人間の生命力のたくましさを目の当たりにする最大の肯定のようにも思う。

それから、夜があたりを包み込む。それまでのバンド主体の勢いのあるアレンジから一転、シングルとして発表された「tonight」と「ポストに声を投げ入れて」では、温かみのあるサウンドが展開される。この2曲、どちらも映画のタイアップということもあってか全体のトーンとは少しずれている気がするが、「tonight」はこのアルバムの誕生を予感していたような熱量を放っているし、「ポストに声を投げ入れて」は「Home Sweet Home」「歓びの種」にも通じる柔らかなホーンが気持ちいい王道のYUKIサウンドだが、ヴォーカルは彼女がやりがちな少女っぽいてらいがなく、本当の意味で力が抜けていて、それがこれまでになかった真摯さをたたえている。

結果としてこのシングル2曲の「ずれ」は、違和感よりも物語としての広がりを生んでいると思う。その次の曲が「バスガール」というのも、愛嬌があって気が利いている。春の陽気の中、バスガールYUKIに誘導されるようにアルバムはクライマックスへ。「2人だけの世界」は夜を想起させるのに胸が眩しさでいっぱいになり、「聞き間違い」のドラマチックなストリングスはアルバムの前半で吹いていたのとはまったく違う春風で、聴く人の背中を押すように包み込む。

ラストを飾る「トワイライト」は前作『FLY』のリードシングル「誰でもロンリー」を手がけたgive me walletsのJess & Kenjiによる楽曲で、シンセサイザーが煌めくダンスチューン。バンドサウンドが基調の本作の最後にこの曲を持ってきたことに最初は少し驚いたが、1曲目からずっと自分のことを歌ってきたYUKIがここにきて「君だけに歌いたい」と他者に目を向ける構造を考えると、自然と納得できる。YUKIバンドサウンドの曲よりも打ち込みを使ったエレクトロポップな曲のほうが、感傷の付け入る隙のない、希望やイノセントな歓びを歌い上げるものが多い気がする。そう考えると、最後にこの曲を持ってきたのは、嵐のような自我を抜けて再び誰かのために歌おうとする決意のようにも感じられるのだ。