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やさしさのようで

「本当の気持ちを教えてほしい」という言葉はやさしいようで残酷だ。自分の本当の気持ちは「傷付けたくない」。何か感じていることがあっても、それよりもずっと強くそう思っているから黙っているのに、その方法を選べなくなる。

でも、黙っているだけで人を傷付けることもあるのだ。だとすれば、やさしいようで残酷なのは自分のほうだろう。手を下すことを恐れて、また人の気持ちを見殺しにしている。傷付けないことで、傷付かないようにしている。

90万の瞳

恋人と金曜から二泊三日で、岡山にある恋人のお母さんの家に遊びに行った。ずっと「岡山に遊びにきて」と言ってくれていたし、本人も楽しみにしてくれていたようで、いろいろなところを案内してくれた。どの場所もすごく良かったのだけど、それ以上に恋人とお母さんがとても仲が良くて、その会話を聞いているのが楽しかった。

出発時にかかっていたBGMが、90年代ヒット曲をセミプロの人たちがカバーしてダンスミックス的につなげたものだったのだけど、GLAYがかかると恋人がうわ、懐かし〜と声をあげる。お母さんも運転しながら「お兄ちゃん(恋人のこと)と行ったライブを最前列で見たのは忘れられんわ」と話す。彼が昔GLAYを好きだったことは知っていたが、お母さんと行っていたとは。自分はお母さんとライブに行ったことってないなあ。映画も小学校の頃に「ハリーポッターと秘密の部屋」を見た記憶があるくらいだ。

そのあと、いきなり恋人が「お母さん、90万の目になるんだって」と言ったので、なんのことかと思ったら白内障の手術費用のことだった。目の一部を人工的なレンズに入れ替えるとかなんとかで、保険が適用されるため実質的な支払いはないらしく、お母さんも「そう。片目45万」と嬉しそうだ。「2億4000万の瞳」(郷ひろみ)みたいな言い方だった。そのあと恋人が手術のことをあれこれと聞き、局所麻酔であること、痛みこそないが目にメスなどの医療器具が近づいてくるのがわかって死ぬほどこわいのではないかということ、などに話が及び、全員若干引き気味で目的地に着いた。

 

倉敷の美観地区、児島の野崎家旧宅、ジーンズストリート、瀬戸大橋が見渡せる鷲羽山の展望台など、いろんなところに連れて行ってもらった。最後は、恋人が見たいと言っていた水島地区の工場夜景を見に行く。撮影スポットがあるらしく、街灯もない山道をぐんぐん登っていく。車もほとんど通らず、本当にこんなところが?と思った途端、木々の隙間からきらきらと輝く景色が見えた。恋人と二人して歓声をあげた。さらに少し登ったところが夜景スポットで、車を降りて三人で見た。あとから知ったのだが、日本の夜景100選にも選ばれているそう。オレンジ色の光と白色の光が岡山平野に散りばめられ、頭上には星も輝いている。写真を撮ってみると案外ちゃんと星も写る。三脚を持ってくればよかった。
お母さんは少し夜景を見た後、寒いので先に車に戻っていた。恋人と二人で「夜景もすごかったけど星が綺麗だった」と興奮気味に話すと、お母さんは目が悪くて星は見えないと残念そう。恋人は間髪入れずに「半年後には90万の目になるから大丈夫!」と言っていた。夢がある、90万の瞳。

 

岡山平野の夜景がすごくて満たされてしまったが、よく考えたら当初の予定は工場夜景なのだった。工場は遠くになんとなく煙があがっているのがわかるくらいで、全然見えない。その後もっとコンビナートに近いところに行こうと試行錯誤するも、道がわからず結局断念することになった。道を間違えたのでその場で転回したら、間違ってなかったらしくもう一度転回して結局その場で無意味に360度回転しただけになったり、かなり頑張ってもらったのだけどたどり着けなかった。これには恋人よりもお母さんが悔しそう。一度家に帰り、近所にお好み焼きを食べに行く時も待ち時間に懸命に地図を見ていた。

それを見ながら、自分だったら、母親に運転してもらっていて、道に迷った時に二回も転回してもらうことができるだろうか、と考える。できると思うけど、もっと申し訳ない頼み方になってしまう気がする。中学高校で散々迷惑をかけたせいで、小さなことも含めて迷惑をかけることに抵抗がある。その迷惑のかけ方というのも、自分が感情の起伏がやたら激しかったことによるものだったので、母親が自分のマイナスな感情に過剰に反応するようになってしまった気がする。今となっては仲が悪いわけではないし、定期的に帰ってもいるのだけど、「ありがとう」と「ごめんなさい」しかなくて、その間の日常が薄いかもしれない。もっと一緒に過ごす時間を増やそうと思った。いつ、何があるかわからないのだから。

 

家に帰ったら、お好み焼き屋で話題に上った恋人の部屋が掲載されている10年くらい前のインテリア雑誌を三人で見た。見出しには本人による部屋のテーマが掲げられていて、曰く「白で統一したパリのアトリエ部屋」。しかし実際は「◯◯荘」みたいな名前の築50年近い物件だそうで、取材班が来たときは絶句されたという。さらにプロフィールの名前がカタカナ。回し読みしながら爆笑した。恋人はこういうことを黒歴史化せずに、笑い話にできるのが健康的でとても好きだなと思うし、マジで爆笑した。ほんと笑ってばかりの1日でした。

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目抜き通り

 


GINZA SIXスペシャルムービー「メインストリート」篇

最近の椎名林檎の活動はスケールが大きくて見ていてわくわくするなあ。銀座SIXのテーマソングというのも素晴らしい。これまで歌詞に歌舞伎町や伊勢丹を歌い込んだ彼女が、現実の商業施設のために歌を書きおろす。トータス松本も気障すぎず、でも華がある。

色々あるし今フリーランスになったばかりで節約のために積極的に自炊をしようとか思ってて、だから多分自分が銀座SIXに行っても何も買えない気がするんだけど、やっぱりこの動画を見て俄然行きたくなった。それまでは「ふーん」くらいだったけど。

今日オープンなので、テレビやネットでもニュースが流れるでしょうか。お金がある人はどんどん経済をまわしてください。それってすごく大事。俺も仕事頑張ろう。

父親について思い出す時

父親について思い出す時、条件反射のように浮かぶのはアルコールで顔を真っ赤にして暴れている姿だ。そんな風にして暴れることは自分が大学生になる頃にはほとんどなくなっていたから、もう7、8年は見ていないことになるのだけど、幼少期の記憶というのは凄まじい。もうちょっと思い出してみると、ありがとう、と思った記憶に行き当たる。自分が推薦で大学に受かった時、普段怠け者なのに合格を聞いてすぐに入学金を振り込みに行っていたこと。登録手続きをした順に学年番号が振られるそうで、推薦入試の枠では自分が一番めなのは、なんとなくくすぐったかった。

でも、楽しい記憶ってほとんど覚えていない。ずっと昔、まだ富山で暮らしていた時に寝る前にお話を聞かせてくれたことはよく覚えているけれど、かぐや姫が月に帰る前に「本当の姿をお見せしましょう」と言って全裸になり、実は男だったことが発覚する…という、父親が自己流にアレンジした本当にクソみたいな内容で、小さな頃こそ大爆笑していたが今となってはろくでもなさすぎて「楽しい思い出」と素直に言えない。

 

自分がゲイだというのも、一つの障壁になっている。自分の性的指向はまだ学生のうちに姉や母に伝えた、というか勘ぐられてバレた感じで、でも別に何か言われることはなく受け入れられたので普通に恋人の話などもしていた。ただし、父親に対しては別だった。一人息子なので跡を継ぐことを期待されてるのをうっすら感じていたし、異性の親や姉妹に打ち明けるのと、同性に言うのとでは少しニュアンスが違う。どんなタイミングで言うべきか、そもそも言わずにおくべきか。ゲイの友人と話していて家族の話題になった日の帰り道など、ぼんやりとよく考えていた。

ところが、衝撃の事実が発覚する。実は母親は俺がゲイだと知って間もなく、父親にその話をしていたのだ。

うちの母親はちょっと思い込みが強いところがあり、「息子が同性を愛する人間だとしても、何も恥ずべきことではない普通のこと」という考えのもと、ある日父親に日常会話のようなテンションで息子がゲイであることを話してしまったのだという。こちらはいろんなことを覚悟したり躊躇したりしながら機会をうかがっていたのに…。後から聞かされてかなり驚いた。

ただしそれは、父親が自分がゲイだと知ってからも何も対応を変えなかったことを意味していた。

「それを聞かされて、親父はなんて言ったの」

尋ねると、母は少し声を小さくして教えてくれた。

「でもいつかは治るんだろ、って」

 

あらためて書くのも馬鹿馬鹿しいが、ゲイは病気ではないので治るとか治らないとかではない。でもそれを聞いた時、ひどいとか考えが古いとかよりも「あー、父親らしいなあ」と強く思った。この人は問題を先延ばしにして、考えないようにしているのだ。それはお盆の墓参りの時、富山から神奈川へ引っ越す時、住む人がいなくなった父の実家の処分の時、いろんな時に見てきた、面倒なことには手をつけない父の姿と、まったく同じだった。

一人息子が自分の家を継いでくれない、継げないというのはかなりショックが大きかったと思う。でも、じゃあ自分が女性と付き合えるかといえばそんなことはない。誰も悪くない。誰も悪くないけど、人づてにそのことを聞かされた点も含めて、なんだか自分から切り出すタイミングを永遠に失ってしまったような気がする。

 

父親について、ろくな思い出がない。でも、寝る前にいつも本を読んでる姿とか人とのコミュニケーションが不器用なところとか、ところどころで自分に似ていて、自分の内側にその存在を発見することで、次第に理解ができるようになっていったように思う。ゲイのことを病気みたいに言ったのを怒れなかったのも、自分だって問題を先送りにしているからなのだ。

いつか、自分の口から言うべきなのだろうか。言ったら、何かが変わるんだろうか。

YUKI『まばたき』

仕事から帰宅後、環七沿いをランニング。嵐のような雨風が吹いていた昼間とは一転、風はなく、大きな月が出ていた。雨上がりの東京はアスファルトが街路灯を反射して暗いのに眩しく、今日は濡れた桜の花びらがそれを彩っている。

走っている間、先月出たYUKIの『まばたき』を聴いていた。このアルバムには過去のYUKIと現在のYUKIが交錯する部分がたくさんあって、季節が一巡したことを誰もが思う春の時期にとてもよく似合う。転がっていくような性急なリズムの1曲目「暴れたがっている」の「あがいてたら 振り出しに戻ってた」という歌い出しはとても象徴的だ。廻り出すバイナルに針を落とせば、あの頃と変わらない熱情があふれる。ぐるぐると回転するそれはやがて嵐となって、2曲目「さよならバイスタンダー」へと突入する。傍観者をやめ当事者であろうとする、自分自身への高らかな宣言だ。ここで生まれた強い意志は、ほどけたりうねったりしながら、春風のように『まばたき』の風景を運んでいく。上京した頃と今がつながり、歩いてきた足取りが道標になることをローファイなビートの中で歌う「こんにちはニューワールド」、彼女の原点を思わせるギターサウンドとまっすぐなメロディを鳴らす「無敵」や「名もない小さな花」。歌詞の中に翳りが感じられる歌もあるけれど、それを聴く人それぞれが持っているかなしさの呼び水にして、顔を出したところで「大丈夫」と言うような、そんな輝き方をしている。

その光と影は、生きる喜びと絶望が競り合いながら疾走する「私は誰だ」でピークに達する。ここで歌われる底の見えない無力感は4thアルバム『WAVE』収録の「ふがいないや」を思わせるが、あの曲が意識的に否定を原動力に進もうとしていたのに対して、「私は誰だ」では考えるより先に体が動き出している感じがある。よりギリギリのところに存在している気もするし、人間の生命力のたくましさを目の当たりにする最大の肯定のようにも思う。

それから、夜があたりを包み込む。それまでのバンド主体の勢いのあるアレンジから一転、シングルとして発表された「tonight」と「ポストに声を投げ入れて」では、温かみのあるサウンドが展開される。この2曲、どちらも映画のタイアップということもあってか全体のトーンとは少しずれている気がするが、「tonight」はこのアルバムの誕生を予感していたような熱量を放っているし、「ポストに声を投げ入れて」は「Home Sweet Home」「歓びの種」にも通じる柔らかなホーンが気持ちいい王道のYUKIサウンドだが、ヴォーカルは彼女がやりがちな少女っぽいてらいがなく、本当の意味で力が抜けていて、それがこれまでになかった真摯さをたたえている。

結果としてこのシングル2曲の「ずれ」は、違和感よりも物語としての広がりを生んでいると思う。その次の曲が「バスガール」というのも、愛嬌があって気が利いている。春の陽気の中、バスガールYUKIに誘導されるようにアルバムはクライマックスへ。「2人だけの世界」は夜を想起させるのに胸が眩しさでいっぱいになり、「聞き間違い」のドラマチックなストリングスはアルバムの前半で吹いていたのとはまったく違う春風で、聴く人の背中を押すように包み込む。

ラストを飾る「トワイライト」は前作『FLY』のリードシングル「誰でもロンリー」を手がけたgive me walletsのJess & Kenjiによる楽曲で、シンセサイザーが煌めくダンスチューン。バンドサウンドが基調の本作の最後にこの曲を持ってきたことに最初は少し驚いたが、1曲目からずっと自分のことを歌ってきたYUKIがここにきて「君だけに歌いたい」と他者に目を向ける構造を考えると、自然と納得できる。YUKIバンドサウンドの曲よりも打ち込みを使ったエレクトロポップな曲のほうが、感傷の付け入る隙のない、希望やイノセントな歓びを歌い上げるものが多い気がする。そう考えると、最後にこの曲を持ってきたのは、嵐のような自我を抜けて再び誰かのために歌おうとする決意のようにも感じられるのだ。

2017/4/7

ある打ち合わせで、自分にウェブライティングの実績があまりないことを言及され、少し言葉に詰まった。ウェブで執筆することももちろんあるのだけど、僕が主にやっているのは比較的硬い文体のもの。たとえばライターが一番最初に自分の名前を名乗ったり、主観をばしばし入れ込むようなものは実はほとんど経験がない。

会社では紙の媒体が多かったし、正直、紙のほうがウェブよりも断然原稿料が良い(今は)。ウェブでは1文字1円などの冷静に考えれば価格破壊を起こしている状況がわりと普通になっているし、さすがにそこまでではないにせよやっぱりウェブの記事は紙に比べると単価が安い。その分ウェブのほうが敷居が低いので、そこからライターをはじめる人も多くて、誰でも挑戦できるというメリットがある一方で記事のクオリティに問題があるものも多くて…と、そんな構造を見ているとウェブより紙のほうが偉い、みたいな考え方になりがちだ。特に僕が所属している会社はそういう考え方が強く、自分もそこで刷り込まれたような気がする。ウェブ記事しか書いたことがなければライターとして半人前だ、くらいに考えている人もいた。そんなこと言っててもなあ、と思いながら聞いていたけど。

とはいえ、自分もどこかウェブで書くことに対してしっかりとした対策や勉強をしてこなかったのは事実で、きちんと学ばないといけない。よく読まれている記事が数字でわかるというのは、ある意味紙以上にシビアだ。ウェブにはウェブの方法論があるし、光明がある。

以前別の編集者の知り合いが「自分たちは紙に親しんで育っているから紙のほうが読みやすいと言うけど、2010年代に生まれた子どもは最初からスマホ電子書籍があるから、そっちのほうが読みやすいという子が出てきても不思議ではない」と言っていて、膝を打つ思いだった。最近の子はアニメに慣れすぎてマンガのコマ割りが読めない、という話も半分ネタだと思って聞いていたけど、それは退化ではなく変化なのだ。自分も200年前の江戸時代に書かれた手紙とか読めないし。

今はまだその時ではないけれど、自分が生きてるうちに切り替わる瞬間がくるんだろうな。

砂金の日々

「かすかなひかり」という意味の題のブログを昔やっていた。最近は放置状態なので、フリーのライターとしても仕事をはじめたことだし、新しくブログをはじめよう、そう思ってタイトルを考えていたら、出てきたキーワードが「砂金」だった。実物を見た記憶はないし、当然、砂金採りをしたこともないのに。
 
世界は光で溢れていると思う。素晴らしい音楽や本はもちろん、目をこらせば街路樹や離別さえ自分の人生を照らしてくれる。今でもその気持ちは変わらないけれど、月日が経ち、「かすかなひかり」は砂金に姿を変えた。どちらも輝くものだ。でも、「かすかなひかり」には実体がなくて、発光するのに対し、砂金は具体的だけど、それ自体が輝くわけじゃない。
大人になったことで、希望に身体性がともなったのだと思う。川底の泥を水とともにすくいあげ、わずかばかりの砂金を見つける。その腕の重さは、頭でっかちの若者だった自分には希望だった。
 
だけど20代も半ばまで生きれば、知るのは希望だけではない。この世界には金塊のようにまばゆいことが散らばり、宝石のような才能に恵まれた人がたくさんいる、ということも知った。それを羨む気持ちもやっぱりあって、本当はゴールドラッシュを待っているのかもしれない、と思う。いつか金塊や宝石が簡単に手に入るようになって、こんな砂金の日々、あっという間に忘れ去ってしまいたいのかもしれない。
 
どこへ向かうべきなのか、どんな風に歩いたらいいのか、本当はよくわからない。でも、今を忘れたくないという気持ちも、今を忘れてしまいたいという気持ちも、どちらも生きていく理由にはなる。だから今は、体を動かし続けよう。会いたい人に会って、やりたいことをやってみよう。
 
砂金の日々。